「余命一ヶ月」そして地下1階からの退院

4年程前に義父(82歳)が他界しました。

常に自分のぺ-スを崩さす毎日を過ごしている人でした。

起床・散歩・朝食・昼食・夕食・晩酌・就寝する前のソファーでの転寝(うたたね)の時間

これらがほぼ決まった時間に行われていました。

義父の「ル-ティ-ン」ですね。

これに合わせる義母は多少苦労があったようです。

年末から少し元気がなく、正月に皆で食事をした時も食欲があまりなく元気がなかったものですから、1月中旬少し前に病院に連れっていったのです。

結果「末期癌」で余命一ヶ月程と医師から宣告されたのです。

義父は即入院したのですが、医師から

「病状をご本人に告知致しますか?」

「告知をされて、ご本人が納得した最後を迎えられるというのも一つの方法ですよ」

と、義弟は医師から説明を受けたようです。

その後、義弟から家族会議をしたいという事で連絡があり、義母の家に義弟夫婦と私達夫婦が集まりました。

私は多少の意見は言いましたが、妻と義弟の実父なので義母と3人で決めた方が良いと話しをしました。これには、義弟の奥さんも私と同じ意見でした。

最終的に義弟は「告知」する事を決めました。

翌日、医師から告知をしてもらう事になり義父に話しをすると本人は、薄々感じていたようで

「ここまで生きてこれたので悔いはありません」

と言ったそうです。

その後義父は、自分が最後の旅立ちに向けて準備していた事を義弟に話しをして最後に

「お母さんの事を頼むな」

と言ったそうです。

この話しを聞いて、義父も自分の余命がはっきりしたからこその話しでしたので、今回の告知は義父にとっても良かった事だったのかな?と思っています。一番の心配である義母の事を息子に頼めたのですから。

自分の事に置き換えて考えると、私に義父と同じ事ができるのだろうか?と思ってしまいます。夫婦の愛情の形を見せてもらいましたね。

入院してからの義父は、痛みと辛さに耐えながらの毎日だったと思います。

その中で、孫である私の子供、義弟の子供が見舞いに行くと辛いにも関わらず笑顔を見せてくれたそうです。

入院してから4週間程経ち、病院から早朝に危篤の連絡が入りました。

義父は皆が病院に来るのを待っていてくれたんでしょうね。

皆が病院に駆けつけてから程なくして亡くなりました。

その後病院の方が処置をして下さり、病院から移動を・・・となった時に

看護師長が、優しい柔らかな声で

「〇〇さん、地下から退院されます」

他の看護師さん

「はい」

と言ったんです。

病院では通常亡くなられた方を、こう言って見送ってくれるんですね。

この時の看護師長さんの言葉で胸が熱くなったのと同時に、配慮ある言葉だなと感動しました。

そして何といっても、看護師長さんの言葉に心がこもっていて優しい眼差しだった事が印象的でした。

今、思い出しても

「地下から退院されます」

の言葉と、看護師長さんの遺族への配慮ある対応が私の心の中に感動として残っています・・・

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