二つの実感

娘が入籍日に合わせて新居へ引越をすることになった。

引越当日は、私・妻・息子の3人で手伝いに行ってきた。

娘の友達も手伝いに来てくれたので人手は多く、順調に作業が進み午前中で終了。

丁度お昼になるところだったので、ファミレスで食事をする事にした。

入店すると広いスペ-スを用意してして頂き、ソ-シャルディスタンス OK!

早めに食事を終わらせ会計伝票を持ってレジへ向かうと

「今日は、こちらで払わせてもらいます」

と娘が言ってきたが

「良いよ払うよ」

と私が言うと

(娘)「いやでも・・・」

(私)「良いよ!」

「すいません」と

娘と旦那(婿)さんから言われた。

「今日は、こちらで払わせてもらいます」の言葉に、不思議な感じがした。

自分たちの引っ越しを手伝ってもらったお礼という思いなんだろう。

私は、「娘は嫁いだんだな~」と感じた瞬間だった。

自分の家庭をもったという自覚からの言葉なんだろう。

嫁ぐ事に寂しさはなかったが、また一つ大人になった娘を感じて嬉しさと寂しさがあった。

今迄は一緒に食事をしても

笑顔で「ごちそうさま~」と言っていたのにね~。

違和感を感じたら

少し前から背中に違和感があった。

ある日、家のソファ-に横になった瞬間、背中に痛みが走った。

妻に背中を見てもらうと、できものが炎症をおこしているようだという事。

翌日、病院(皮膚科)へ行くと

『炎症性粉瘤』という診断。

<これです 汚い背中ですいません>

医師の説明によると

初期段階の粉瘤は通常痛みはなく、触るとしこりのようなものが感じられる程度。

しかし私の場合は炎症を起こして赤く腫れあがった状態で痛みも伴っていました。

細菌による感染症を治療する抗生物質の服用で良くなる場合もあるとの事で、5日間服用後に受診するように指示された。

結果、服用だけでは改善が見られないという事で切開する事になった。

背中に数か所麻酔をして即切開。

「少し深いところから掻き出します」と言った瞬間に刺すような痛みが走ったが我慢。

しかし、こういう時の看護師(女性)さんは患者を見てますね~。

ベットにうつ伏せになっているので私の顔は見えない筈。

それなのにタイムリーに

「痛いですか?」

と聞いてきたのです。

私が「少し」と

答えると

「そうだよね~」

「我慢できない時は言って下さいね~」と

ちょっと微笑んでいる感じ。

優しいんだか優しくないんだか(笑)

刺すような痛みが走った時に、若干手に力が入ったのが自分でもわかったのですが、それを看護師さんは見逃さなかったんだと思います。

仕事だとはいえこの洞察力には頭が下がります。

因みに私がこの皮膚科を選んだのは医師が私好み。

男の医師なんですが、症状や普段のケア方法等の説明が簡潔で処置が早い。

今回も

「切開しないと駄目ですね、次回やりますか」

と言ってきたので

「今日は駄目ですか?」と私が聞くと

「そうだね次回より今やった方が良いね、時間あるの?」

という具合で直ぐに切開をしてもらう事になった。

『ぶっきらぼう』な感じがする時もあるけれど、決して人は悪くないと私は思っています。

プラス看護師さんの患者への配慮が行き届いている。

私の知っている限りですが、6人位の看護師さん全員がそうなんです。

これは病院の教育なのか、個々の人間性なのかは分かりませんが患者にとっては、これ程安心できるものはありません。

こういう病院があると体に異変を感じた時は早めに受診しようと思える。

それはさておき

この粉瘤ですが、しこりができた時に、あまり触り過ぎると皮膚(毛穴)から細菌が入る事もあるようで、私のように炎症を起こす事があるようです。

私の場合、乾燥肌で背中にかゆみを感じる事があるのですが『まごの手』をよく使うのです。

これが良くなかったのかな~?

何にしても早めに病院に行った事で、背中の痛み・違和感がなくなったので快適です。

切開後は、痛くもなく順調です。

これで背中を気にせずにゆっくり眠る事ができます。

でも朝早くに目が覚めるんですよね。

目覚ましが鳴るまで寝てみたい・・・(;^_^A

テレビからのメッセ-ジ

今日やっと、録画してあった『逃げるは恥だが役に立つ 新春スペシャル』を観た。

こういったTV番組は結構好きで録画をしておくのですが、観るのは結構後になる事が多い。

いつの頃からか子供達が成人してからは、録画したTV番組は妻と一緒に観る事にしているのですが時間が合わず貯まっていくのです。

大抵は私が時間を合わせられずにいる事が多いですね。

『各々で観れば良い事でしょう!!』

と言われると思いますが、一人より二人で観た方が楽しいじゃないですか(笑)

これが我が家の夫婦コミュニケーションでもあるんです。

ただ実際は、妻がパ-トを休みの時に観ている事も結構あります。

私としては別に構わないのですが、妻の中では『これは一緒に観よう』というのがあるようで、その番組は下手をすると1話から最終回まで観ていない事もあります。

そういったものは、時間がとれる休日に一気に二人で観ます。

一気に観られる楽しさと多少の疲れがでますがね(;^_^A

ドラマの中で『新垣結衣』扮する『みくり』が妊娠して『つわり』で食事も取れない状態で家事なんて当然できないというシ-ンがあった。

私の妻も『つわり』が酷かった事を思い出しました。

妊娠が判明する前に『つわり』が始まったのです。

妊娠3ヶ月に入る前に『つわり』が始まった妻は、ドラマと同じで御飯の炊き上がる匂いは最悪のようで吐いていましたね~。

食べても吐く、食事をする事ができなくなった妻は痩せていきました。

あまりにも『つわり』が酷いので病院へ行くと点滴をしてくれた。

週に2~3回は点滴をしていたような気がします。

イメ-ジ的には妊娠をしたら少しずつ体重が増えていくと思っていたのですが、3週間程すると顔が少しコケてしまった。

当時の主治医からは

「おっ?元々はちょっとふくよかだったのかな?今の体重が丁度良い位かな」

と笑い話しもありました。

それはさておき、出産をするという事は大変な事です。

出産をした事がない男が、大変という言葉だけで表すのは大変失礼ですがお許し下さい。

もう30年と少し前の事なのですが、私はどれだけ妻のサポ-トをしたのかな~?とTVを観ながら考えていました。

病院に連れて行く。

これは当然の事。

仕事から帰ったら、食べたいものを聞いて果物なんかを買いに行ったりはしていましたが・・・

私の娘は今月、入籍をします。

子供は欲しいと言っていたので、妊娠・出産という事になるのでしょうが、妻と同じだと『つわり』に苦しむのかなと少し心配です。

その時は、息子(娘の旦那)に「サポ-ト宜しくな!」と言っておかないと(笑)

結婚生活も30年を超えていますが、考える事というか反省する事が沢山でてきます。

私の 場合ですが(;^_^A

『後悔先に立たず』

まるで私の為にあるような言葉です。

いや~それにしても『逃げるは恥だが役に立つ 新春スペシャル』

面白かったんですが『妊娠』『つわり』『出産』のシ-ンに、夫として昔の自分に重ね合わせて観ておりました。

これは

「おいお前 思い出したか?お前の妻も大変だったよな!」

「お前が父親でいられるのは奥さんのおかげだぞ!」

というメッセージですね・・・

『逃げるは恥だが役に立つ』は、ハンガリーのことわざだそうで

『自分の戦う場所を選べ』という意味で、今いる環境にしがみつくのではなく、逃げることも選択肢に入れ、自分の得意なことが発揮できる場所に行こうという事らしい。

私の場合、今の環境でOK、逃げる事を選択しに入れる必要はないが、自分が得意な事を発揮して役に立って、役に立たなかったであろう昔の穴埋めをしなくては・・・

得意ではないこともですね(;^_^A

思い込みは要注意

先日LINEに

『あけましておめでとございます 今年もよろしく~』と

おめでとうメ-ルが届いた。

LINEの相手は(仮名)【YOSHIDA】と表示されていた。

あれ?どの吉田さんだ?

というのも、私の携帯には吉田さん(仮名 以下同じ)の登録は11人あったのです。

しかし、こんな感じでLINEを送信してくれるのは最近やりとりのある、あの吉田さんだと思い

『こちらこそ宜しくお願い致しま~す』

と返信をした。

数日後、用事がありその吉田さんに電話をかけて

「先日はLINEありがとうございます」

というと

「えっ!知らないよ!LINEやってないし」

と言われてしまった。

私は、新年早々新手の詐欺か?

電話を切った後、少し焦り気味で「あけましておめでとう」 LINEをくれた『吉田さん』の特定をする事にした。

該当者がなく『本当に詐欺か?(笑)』という不安を抱えながら作業を進めた。

すると5分足らずで特定に成功した。

LINEをくれた吉田さんは、ここ数年連絡を取った事がない方だった事が判明。

今回の件は、私の思い込みによるものです。

何故こんな事になったのかを考えると

吉田さんの表示が『YOSHIDA』になっていた これです。

私の携帯には、フルネ-ム又は〇〇(会社名等)の吉田さんと登録しているのですが、そんな表示は無かった。

聞くところによると、名前表示は相手が登録した形でも表示されるので自分の登録と違う形で表示される事があるようですね。

ですから11人の登録の中から、どちらの吉田さんかを特定できずに思い込みで決めつけてしまったんです。

そうなんです『勝手な思い込み』なんです。

反省です。

今回は数年ぶりにLINEをくれた方にも連絡をして久しぶりに話しができて良かったのですが、思い込みには注意ですね。

『あれ?』と少しでも疑問に思う事が日常であったら

まず確認ですね

新手の詐欺にあわない為にも・・・(笑)

何事も無かったので笑っていられますが

笑い事では済まされない場合もありますから注意ですね・・・。


 

楽しい時間は自ら作る

1月1日は5時50分から12時頃まで出勤をしておりました。

今日からお正月気分をのんびり味わおうかな~と思っています。

いや正確に言うと、1日の午後から正月気分ですね(笑)

と言っても4日から出勤なので、のんびり気分は2日・3日だけですけどね。

でも十分です。

接客業をされている方は、元旦から仕事。

もしくは2日から仕事という方もいらっしゃいますよね。

私も18歳~30歳位までは接客業でしたので12月31日まで営業。

1月1日休み、1月2日から営業でしたので出勤してました。

当時は、それはそれで楽しく過ごしていたような気がします。

自分の置かれている環境の中で、夫婦の時間、自分の時間等を自ら作って楽しめば良いんですよね。

昨晩は妻と少し遅くまでテレビを見ていたので、今活動しているのは私だけです。

休みにも関わらず6時前から行動しています(笑)

今年も私の生活リズムは変わりようがないようです。

妻は起こしません。

休みの日くらいゆっくり寝ていてもらわないと。

お腹が空いてきたので、何か作ってたべよう。

当然、妻の分も作りますよ。

口に入れば良いという名前のつけようがない料理を・・・・

皆様、今年も宜しくお願い致します。

心に余裕

私は実現する可能性が高くても皮算用はしない主義です。

皮算用をすると実現しなかった時の落胆が大きいからです。

時々「仕事に対して自分に厳しいところがありますね」と同僚や知人に言われる事がある。

実現する可能性が低くなったものに関しては、すぐさま切り替えて、取り組んできた仕事の方向性ついて検証・反省をして又検討をして次に進む。

決して人よりも能力があるとは思っていないので、少なくとも人よりも努力をしないと同じ土俵で勝負はできないと思っているから尚更、反省をする。

そして自分の仕事力にあまり期待をしすぎてはいけないと思っている。

しかし、この一年で少し考えが変わってきた。

たまには皮算用をして、その時間を楽しむ余裕があっても良いかなと思うようになった。

心に余裕がある時の方が当然良い考えが浮かぶ。

実現しなくとも楽しい気分に少し浸るのも良いのではないか。

何かのきっかけで、その楽しい気分の時だからこそ名案が生まれるかも?知れない。

無駄な時間になるのかも知れないが、心に余裕を持たないと良い考えは浮かんでこないし、考える事さえもできない。

決して皮算用をする事を推奨している訳ではない。

皮算用は方法の一つで、心に余裕を持つことが必要だとつくづく感じる一年だった。

私の場合はあまりにも余裕を持ちすぎて、いざという時に焦る事がありそうなので注意が必要ですがね(笑)

この事を糧にして来年は成長できるかな・・・。

いつも読んで下さっている皆様ありがとうございます。

良いお年をお迎えください。

これに決めて良かった

23年程前の事

下の娘が小学校入学を期に妻がパートにでる事にした。

職場はというと、自宅から5分程のコンビニです。

家から近い事と、娘が学校から帰ってくる頃には仕事を終えらるシフトで働く事が可能だったので、このパ-トに決めた。

しかし実際に働くと、シフトに入っている学生が急に出勤できなくなったり、商品の補充・棚替え・クレ-ムなんかが発生すると、シフト通りにならずに予定通り家へ帰れない事がでてきた。

その話しを聞いた私は娘に

「学校から帰ってきた頃にお父さん電話するからね」

と話した。

翌日、娘が学校から帰っているであろう時間に携帯電話から家に電話をした。

しかし電話にでない。

15分・30分・45分・1時間と電話してもでない。
(もっと電話したかもしれません(笑))

少し不安になりながら又電話をした。

すると

「はい〇〇です」

電話にでたのは妻だった。

少し前に帰ってきたらしい。

妻に何度か電話をしたのだが、娘が電話にでないから心配していた事を説明すると

知らない人からの電話だと嫌だから電話にでなかったという事だった。

「そういう事か~防犯対策としても娘の行動は正解だな、いくら田舎町でも・・・ 」と思いながら電話を切った。

電話を切ってから少し考えた私は、会社帰りに電気店へ行き『ナンバ-ディスプレイ』の電話機を購入した。

丁度この頃に『ナンバ-ディスプレイ』サービスが開始したのです。

今は普通の事ですが、昔は電話にでるまで誰から電話がきたかなんて判らなかったんですよね。

今は電話番号が登録された相手なら名前がでますから直ぐに判る、便利な世の中です。

当時としては画期的なサ-ビスの開始でした。

私は購入した電話機を持って急いで帰宅。

妻と娘に説明しながら電話機を設置。

設置した電話機の少し上の壁に、私の携帯電話番号を書いた紙を貼り

「この電話番号はお父さんだから電話にでるんだよ」

と娘に言うと、はにかむように笑ってうなずいた。

翌日の午後、私は自宅へ電話をした。

一回の呼び出し音で直ぐに娘がでた

「お父さん!?」

と弾んだ声の娘。

続けて今日の学校での出来事を話し始めた。

私は頷きながら話が終わるまで聞き続けた後

「家に帰ったらもう一度教えてね、もうすぐお母さんが帰ってくるから留守番お願いね」

と言って電話を切った。

この時の電話は娘以上に私が楽しかったのかもしれません。

しかし親として反省をしました。

最初に電話をした時には「何で電話にでない?」と

不安とイライラがありましたが、娘の気持ちを理解していなかった。

娘は電話のベルの音が怖かったんでしょう。

娘の気持ちを理解していない親でした。

子育ては大人目線だけではいけない、子供目線で考えなくてはならない。

子供に教わりながら子育てをしていましたね・・・。


無駄という時間の居心地のよさ

かれこれ40数年前の事だと思います。

我が家に電話がつきました。

私が小学2・3年生の頃です。

当時の電話は黒い電話なんですが、ダイヤルはついておらず電話機の横にハンドルがついているんです。

手動の鉛筆削りのハンドルのようなものです。

「鉛筆削りなんて見た事がない!」なんて人も居ますよね。

電話をかける時にはハンドルをグルグル回すと電話交換手(女性)に繋がるんです。

そうすると

「交換台です(多分こんな感じで言っていたと思います)何番にお繋ぎしますか?」

と聞いてくるんです。

かけた方は

「〇〇番お願いします」

と言います。

そうすると、交換手が相手の回線に線を差し込む(確か)と繋がるんです。

繋がると

「どうぞお話し下さい」

と言われたような記憶があります。

その後、相手との会話が終了して電話を切ります。

そうすると暫くして電話が鳴ります。

電話に出ると交換手から

「只今の通話〇〇円です」

と通話料金の連絡がきます。

これが一連の流れです。

もしかしたら、私が住んでいた田舎町だけの事ですかね(;^_^A

携帯電話が主流の今、信じられない話しですよね。

小学生の私は友達に電話する時に

「〇〇さんですが?〇〇(私)ですけど〇〇君はいますか?」

と言うだけでも緊張するのに、その前に

「〇〇番お願いします」

と言わなくてはいけないんです、それも知らない交換手の女性に。

綺麗な声なんです、恥ずかしかったですね~(笑)

しかし子供の私にとっては人と話す良い訓練になったのかも知れません。

因みにこの電話は1年位の使用で、ダイヤル式の黒電話に変わりました。

これでも若い方には「何だそれは!?」ですよね(笑)

それから10年程経ってから妻と付き合い始めて電話をする時も緊張しましたね~。

「〇〇さんのお宅ですか?〇〇ですけども〇〇さんはいらっしゃいますか?」

なんて言わなくてはならないんですから。

今は、こんな事言わなくても良いですよね。

「もしもし 俺!私!」でOKですよね。

話したい相手に直ぐに電話をかけられる。

何時でも、何処に居ても。

便利な世の中ですね。

しかし、便利というメリットがあればデメリットもあります。

固定電話だと『居留守』なんていうのが使えたのですが、携帯電話ではどうでしょう。

何回かの着信は、様々な事を言って『ごまかす』事はできるでしょうが最終的には電話にでるか、折り返し電話をする事になります。

これって話したくない相手だと『ストレス』です。

恋人同士で喧嘩なんかしていて『今、話したくない』なんて思っている時は着信がある事だけで『ストレス』を感じるのではないでしょうか。

当然ですが昔も『ストレス』はありましたが、便利になった現代の方が『ストレス』を感じやすいような気がします。

恋人同士の喧嘩の場合は、冷却時間があった方が良い場合もあるかも? しれません・・・。

今は昔と比べると、あらゆる事、あらゆる物が便利になっています。

しかしその便利な事がストレスに変わっている事があるような気がします。

便利な事を上手く使いながら、多少時間をかけても良いような事は焦らず『じっくり』やるのも良いかなと最近思っています。

無駄に思える時間を費やしてもでも。

そんな無駄な時間が後から考えると生きてくる事もあるような気がします・・・。

『かかりつけ医』との出会い

妻がインフルエンザ予防接種の予約を、『かかりつけ医』にしたとの事。

予約すると看護師さんが

「旦那さんは予約しなくて良いの?」

と聞いてくれたらしい。

私も定期的に通院しているので(通院理由は別な機会に記事にしたいと思います)私が旦那だと知っているんです。
ばれてました(;^_^A

でもありがたい事です。

妻は「確認しておきます」と言ってきたという事で、私が仕事から帰ると

「私、インフルエンザ予防接種予約したら旦那さんはどうする?って聞かれたけれど
貴方、予防接種受けても大丈夫だった?」

と聞いてきた。

妻の質問の「大丈夫だった?」の意味は

私は子供の頃から一度もインフルエンザ予防接種を受けた事がないんです。

正確にいうと受けられない体質と言われていたんです。

小学生の頃、インフルエンザ予防接種を受ける前には問診票に記入をして提出しました。

子供の頃、卵かけご飯や乳製品を食べると蕁麻疹がでていた私。

大好きだったので、それでもめげずに食べてましたけどね。

その事を問診票に記入して提出すると

問診で『アレルギ-体質』の為、接種不可となったんです。

ただ小学校高学年頃からは卵を食べて蕁麻疹がでた事はないのですが、この事を看護師さんに話してみてと妻に頼むと、やはり接種は控えた方が良いとの回答だった。

調べてみると、注射部位が赤みを帯びたり、熱をもったり、腫れたり等があると記載してあった。

まれに、アナフィラキシ-などの副反応があらわれる事があるそうです。

私のような体質の方は要注意ですよ。

因みにですが、56年間インフルエンザにかかった事はありません。

ただ、年々体力は低下しているので気を付けなくては・・・。

今の世の中、色々なアレルギ-があるようですので自分の体をきちんと理解しておく事が必要ですね。

歳を重ねていくうちに体質が変化する事もあるようですので、体に異変を感じたら診察を受ける事をお勧め致します。

『かかりつけ医』があると相談もしやすいですし、変化に気づいてくれやすい事もあるのではないですかね。

私は以前、総合病院なら多くの診療科があるし、医療器具も揃っているから受診するのなら『総合病院』が一番良いと思い通院していましたが

ある日、私の担当医から

「この病院を退職する事になりまして、この診療科の医師が不在になります。あなたの病状を手紙に書きますので近くの病院を探して頂けませんでしょうか?」

と言われた。

『医師不足』メディアを通して知っていた事ではありましたが、現実を目の当たりのすると少し驚きでした。

そう言われた私は、それなら自宅から近い病院にしようと思い地元の病院に変えました。

病院を変えてから3年程経ちますが、『かかりつけ医』の良い所ありますね~。

①待ち時間が少ない

②なんでも相談できる(医師にもよりますけどね(笑))
・医師は大変かもしれませんね「それは私に言われても・・・」なんて事もあるかも

③看護師さん(私の病院は女性のみ)もある程度情報を記憶していてくれる
「旦那さんは予約しなくて良いの?」もその一つですかね。

④街で看護師さんに偶然会ったりすると調子等聞いてくれたり、アドバイスをくれたりする。
私の住んでいるのは小さな街なので全てには当てはまるかどうか・・・(;^_^A

⑤専門医療機関で診察が必要な時には症状を細かく手紙(紹介状)に書いて専門医療機関を紹介してくれるのでその後の対応が早い。

細かい事を探せばまだ他にもあるのですが『かかりつけ医』の良い所を一言で表すと、医師・看護師が患者に近い距離で接してくれる事ではないでしょうか。

人間には自然治癒力があります。

『かかりつけ医』へ行く事で『親近感』『信頼感』を持っている患者は、まずは自然治癒力が上がり病状回復の一歩になるのではないでしょうか。

夢の中で

29年前に亡くなった岩手県に住んでいた母方の祖父が夢にでてきた。

今は大人になって祖父なんて表現していますが、私の爺ちゃんです(笑)

32年前、私が結婚する時に爺ちゃんに招待状を送ったのだが

差出人が発起人代表名で届いた事で

「私からの招待状ではないので行かない」とゴネタらしい。

息子・娘(私の叔父・叔母)達は、説明をして理解をさせるのも面倒なので出席させるのをやめたらしい。

しかし、爺ちゃんの本音は出席したかった筈だ。

私が子供の頃、お盆に遊びに行くと朝から焼酎を飲んでいるアル中のどうしようもない爺ちゃんだった。

しかし、孫の事を可愛がってくれた。

魚釣りや山菜採りに連れて行ってくれたり、爺ちゃんが飼育している馬に乗せてもらった。

そんな楽しい日々はあっという間に過ぎてしまい、やがて帰る日がやってきた。

私は当然、帰るのが嫌で寂しい気持ちだったのだが爺ちゃんはもっと寂しかったようだ。

帰る時には「又来いよ」とだけ言って、外で見送ってくれる事はなかった。

後で叔父が電話で教えてくれたのだが

爺ちゃんは私達が帰った後、寂しそうに背中を丸めて何も言わずに黙って焼酎を飲んでいたそうだ。

多分、見送りに出ると泣いてしまうから外に出なかったのだろう。

爺ちゃんが入院をして「もう長くない」と連絡が入ったのは、私が結婚して4年目の春の事で、もうすぐ3歳になる息子と、10月に出産予定の娘が妻のお腹の中にいた。

私はアル中の爺ちゃんが大好きだった。

息子を連れて見舞いに行く事ができなかったので、爺ちゃんにとって「初ひ孫」である息子の写真を持ってフェリ-で岩手の病院へ向かった。

病室へ行くと爺ちゃんは髭面でベットに横になっていた。

私が顔を出すと、辛い筈なのに笑顔で迎えてくれた。

私は直ぐに

「爺ちゃん俺の息子だよ」

と写真を見せると満面の笑みで写真を見つめていた。

私は複雑な気持で爺ちゃんを見ていた。

それから2週間程で爺ちゃんは亡くなった。

夢の中の爺ちゃんは笑っているだけで何も言わなかった。

その顔は、息子の写真を見せた時の笑顔と同じだったような気がする。

コロナ禍の中で「感染防止対策をして元気でやれよ」「ひ孫(息子)は元気か?」とでも言いたかったのだろうか。

私は、知らず知らずのうちに爺ちゃんの事を考えていたのだろうか・・・。