定食屋の婆ちゃんのあったかみ

30数年程前に札幌で一人暮らしをしていた頃、23時を過ぎているにも関わらず暖簾がかかっている店があった。

ファミリ-レストランでもなく、ごく普通の定食屋です。

店の名は『かね長(かねちょう)』でした。

腹も空いていたし、気になったので入ってみた。

「まだやってますか~?」

と声をかけても返事がない。

しかし明らかに誰かいる。

奥の方で茶碗を洗っている音がする。

「すいませ~ん」

と何度か声をかけると

「誰かきたのか?」

とぶつぶつ言いながら、カウンタ-から顔しか見えない位の小柄な強面の婆ちゃんがきた。

「まだやってますか?」

と聞くと

「暖簾でてるんだからやってるよ」

とガラガラ声で答えた。

22歳位だった私は態度悪い婆ちゃんだなと、ちょっと引いたが試しに食べてみる事にした。

メニュ-を見て

「生姜焼き定食の大盛できる?」

と聞くと

「できるよ ちょっと時間くれ これから飯炊くから!」

え~何のコントだこれは?と思ったが、当時の私はその婆ちゃんに「じゃいいわ!」と断る勇気はなく、仕方がなく座っていた。

すると、奥の調理場へ消えた筈の婆ちゃんが私の所へ近づいてきた。

何だ?何か言いに来たのか?と構えていると

「待ってる間これ飲んでろ!飲めるんだろう?サ-ビスだ。」

と言ってビールを持ってきた。

「悪いな待たせてな」

と言って調理場へ向かって行った。

口は悪い婆ちゃんだけど悪い人じゃなさそうだ。

ちょっと気分が良くなりビ-ルを飲んでいると、私が座っているカウンタ-から少し離れた場所の蛍光管がチカチカしていた。

「蛍光管が切れそうだけど替えはないの?」

と聞くと

「あるけど俺は届かないんだ」

と言ってきた。

そりゃそうだ、カウンタ-から顔しか見えない位小柄な婆ちゃんが交換できる訳がない。

「俺、替えてやるよ」

というと

「いいのかい?初めてうちに来た客にそんな事してもらって」

と多分笑っているんだろうけど、そうは見えない婆ちゃんの顔。

しかし少しだけ優しい声だったような気がする。

私は

「何言ってんのさ、初めてきた客にビールをサービスしてくれてるんだから、これくらいやってもバチはあたらないよ!」

と言って蛍光管の交換をした。

「悪いな ありがとうな」

というガラガラ声が調理場から聞こえた。

ビ-ルも飲み干した頃、婆ちゃんが生姜焼き定食を持ってきた。

でてきた生姜焼き定食は、ご飯も肉も大盛。

「婆ちゃん 凄い量だね~」

と私が言うと

「飯は兄ちゃんが大盛って言ったから大盛だ!肉は蛍光管を取り換えてもらったから3枚余計に焼いた!食べろ!
飯が足りなかったら、おかわりしろ!」

と相変わらずの命令口調(笑)

いやいやとんでもない、大盛飯に、生姜焼きも大盛 満腹です。

旨かったですね~。

味も勿論旨かったのですが、口の悪い強面の婆ちゃんの優しさが生姜焼き定食の味を更に旨くしました。

飯を食べながら世間話をしたのですが、婆ちゃんは75歳だったかな?

店は一人でやっている。

定休日は日曜日だけど、たまに他の曜日でも休む事があると言ってました。

その後も時々行っていましたが、ある時から暖簾がかからなくなりました。

30数年前の思い出です・・・。