私の才能は親譲りだった

中学の時の美術が通信簿で『2』だったにもかかわらず子供達の為に何とも不気味な ドラえもん を描いた私ですが、どうやらこの才能は母親譲りだったようです。

もう50年近く前の事になります。

私が小学1年か2年生の時です。

学芸会の劇で『みなしごハッチ』をやる事になったのです。

私の役は

ハッチでもなくママでもない。

その他のハチ達です。

台詞はありません。

因みにクラスの児童が全員出演だったと記憶しています。

私はその他のハチなので、最後に数匹(数人)で羽を広げて(腕を広げるだけ)飛んでいるように舞台を2~3周するだけです。

ただ劇ですので一応ハチらしく見えるように画用紙で頭に被り物をします。

被り物といっても画用紙を輪にしてハチの縞模様の色を塗り、触覚をつけたものです。

この被り物ですが、担任の先生は保護者に作成して下さいと要請してきたのです。

もう遥か昔のことなので記憶は曖昧なのですが、母親は絵を描いてくれた事も工作もしてくれた事がなかったと思います。

毛糸で手袋・帽子はよく作ってくれたんですけどね。

母親は担任からの要請を聞いて困りながらも学芸会当日にはハチの被り物が出来上がっていました。

私はそれをもって学校へ。

学校へ行って私と同じ役の被り物と自分の物を比べると何かが違う。

皆、綺麗な縞模様なのに私のは縞模様が波をうっているんです。

ぐにゃぐにゃなんです。

それと色合いも少し違うんです。

まあこれは遠くから見ればよくわからない。

しかし、私の出番直前に事件は起きました。

♪ゆけゆけハッチ みつばちハッチ♬

音楽が流れ始めて、その他のハチが羽を広げて舞台飛び回ります。

私が準備していると目の前に何かが ひらひら と落ちた。

なんだ! 私の触覚だ!!

焦って拾って頭につけたが元には戻らない。

仕方なく私は、皆が両手を広げて飛んでいるのに、触覚を押さえながら片手を広げて飛ぶ羽目になった。

劇が終わり家に帰ると母親が

「なんで片手で飛んでたの?」

と聞くので説明をすると。

「あら~ ご飯粒でつけたのが駄目だったかな~ ごめんね~」

と謝ってきた。

当時の私は何とも思っていなかったが今なら言える

ご飯粒が乾燥して触覚がとれたよね母さん!!

きちんと糊でつけてよね!!

でも私の為に頑張ってくれた事には感謝しております。