ペンギン?いや2ブロックです!

久しぶりに帰って来た美容師の娘に自宅で髪をカットしてもらった。

私は短い髪が好みなので「後ろと横は刈り上げてくれ!」と言いカット開始。

その後、程なくして終了。

私のイメ-ジよりは長めだったが、娘が「この位が丁度良い」というので納得する事にした。

頭についているカットした髪の毛を落とす為にシャワ-で洗髪、そして乾燥させてドライヤ-でセットしてみた。

そうすると横の髪がペンギンの頭のように跳ねるんです。
白髪なので丁度ペンギンの頭のように見えたんですよね~ちょっと大袈裟に言いました(笑)

雑に乾燥させたのでこんな感じに・・・

娘に

「横がペンギンになるけど」

と言うと

「どれ~どこが?」

「これの事?これは2ブロックにしたんです! 白髪だからちょっと髪が起き上がるのかな?お父さん、整髪料つけてセットするから大丈夫!その予定のカットです」との事。

確かにセットするときちんとなった。

「ほ~これが2ブロックというものか~と」い思いながら、しばらく鏡を覗いていました。

以前、若い人の髪型で耳の周りが少し薄い人が居たのだが2ブロックというものだったんだ。

世間では『2ブロック禁止』の校則で少し前に騒がれていましたね。

私はペンギン頭(自称)になって一人で騒いでいましたけどね。

余談ですが、私の学生時代は耳に髪がかかったら校則違反でした。

そして違反すると坊主頭にされたものです。

今ではあり得ない事。

とんでもない校則ですよね~。

それはそうと、2ブロック問題はその後どうなったのでしょう。

『事件に遭う事を防ぐ』事が禁止理由だったと思うのですが

禁止にするのであれば、校則違反の定義を明確に示す必要があるのではないでしょうか。

私の学生時代とは違うのですよ今は・・・。

夢 叶えた娘

私の娘、美容師なんです。

幼稚園の時に何のきっかけかは忘れましたが

「大人になったら美容師になる!」

と言い出したのです。

それから小学・中学と成長し、高校は別にどこでも良かったらしく自宅からほど近い高校に進学しました。

娘曰く、「理美容専門学校に行くんだから高校はどこでも良い!」という考えだったらしい。

高校を卒業した娘は理美容専門学校へ進み美容師になった。

あれからもう9年経過して一人前のスタイリスト(そう呼ぶらしい)だ。

私は、幼稚園の頃からの夢を叶えた娘に感心している。

国家資格を取得して就職すると、始めは毎日練習で遅い日が続いていると聞いていたので、もしかしたら堪え切れず辞めて帰ってくるのではと心配していたのですが、私の心配をよそに毎日楽しんで仕事をしていたようです。

自分の子供ながら娘に教えられたような気がします。

自分が本当に好きでやりたい仕事は、どんなに苦労をしてもやり遂げられる。いや苦労に見える事が苦労だと感じない。

どんなきっかけであろうと娘は子供の頃から将来に夢を持ち、実現した。

私はどうだったろうか?

取り敢えず就職をしないといけないと思い就職をした。

子供の頃は、いくつか夢があったような気がするが結局は何一つ叶えていない。

強く思ったものが無かったのかも知れないが、努力もしていない。

よくこんな父親からこんな娘が育ったものだ(笑)

違和感

ネットを見ていると

『渡哲也さん 吉永小百合さんの恋
        結婚が許されなかった理由』

という記事が掲載されていたので読んでみた。

(引用 太字)

渡さんは若い頃から病魔に蝕まれていた
1972年  葉間肋膜炎
1974年  胸膜癒着症
1975年  肺感染症
1991年  直腸がんで手術→人工肛門
2015年  急性心筋梗塞
2016年  肺気腫 喘息

この長い闘病の間、ひと時たりとも傍を離れなかったのが妻の俊子さん

渡は一目ぼれをして結婚

等々書いてあった。

妻である俊子さんの献身的な看護があったから、渡哲也は芸能界で活躍する事ができたと言っても過言ではないという内容。

記事はまだ続く

『愛と死の記録』で、吉永小百合と共演。

小百合さんは、手編みのセ-タ-を渡さんに贈っていた

二人は交際をし、2年続いた。

しかし、吉永小百合の父親が結婚を反対。

渡との結婚というよりも、結婚そのものを認めようとしなかった。

清純イメ-ジで売っていたが、そのイメ-ジが傷つく事を恐れた。

又、吉永に専業主婦になって欲しかった渡の両親の意向にも吉永の父が反対。

というものだった。

ファンとしては、非常に興味のある内容である。

気持ちは私も同じである。

しかし、この記事を今掲載した事に関して違和感を覚える。

芸能ネタであり、読者の目を引く内容だという事は十分理解はできる。
「今 明かす真実」みたいになっているが
渡さんを献身的にサポ-トをして、人生を全うさせてあげた妻である俊子さんを思うと、この記事のタイトルは、そして今この内容が必要なのか・・・という感じです。

今は静かに故人を偲ぶ時ではないかと思う。

芸能界に身を置くという事は、こういう事も覚悟しなくてはならないという事なのかな・・・。

「西部警察」「大都会」欠かさず観てました。

石原裕次郎さんとの幻の共演「松竹梅CM] 良いですよね~。

渡哲也さんのご冥福をお祈りします。

この行動には意味がある

いつだったかラジオを聞いていると

「飲食の商売をしているが、コロナの影響で店を開けても客は誰も来ない」
と両親にこぼした。

すると翌日、両親が開店時間からやってきて、何をする訳でもなく閉店までカウンタ-席に座り続けた。

というものだった。

父親が一言だけ言ったそうです

「商売の敵は、孤独 という事だ」

そう言ってカウンタ-席に着いたそうです。

人間孤独になると、『苦しく』『不安』を感じるようになる。
その中で商売をする事は非常に辛い事。
又、そんな表情の時に客が来店しても良い接客ができない。
と、メンタルのケアにやってきたようです。

このご両親は、自分たちも商売をやっていた事もあり様々な経験があった中での行動だったようです。

普通なら、知り合いにでも声をかけて「お店に行ってあげて」とお願いするか、自分たちが客として店に通う事くらいが関の山ではないだろうか。

決してこの事を非難する訳ではありません。

この時期にお願いをしてもなかな難しいというのが現実。

「今が踏ん張りどころだ」「頑張れ」

と言いたかったのだと思う。

現実には、皆さん頑張っている。

頑張っていても閉店を余儀なくされた方もいらっしゃいます。

そんな中ではあるが、このご両親の行動と一言には胸を打たれたのと同時に
私は、このような親になれているのだろうかと思った。

子供と親の関係はいつまでも変わらない。

しかし、社会生活が始まった時点で全ての事を自分の責任で生きて行かなくてはならない。

その為に伝えられる事は、どんな方法でも伝えてあげたいですね。

私の場合は、子供達に教えられることも多くなってきたような気がします(笑)

この先の人生は、私よりも長い筈です。

その子供達に伝えられる事があれば伝えていきたい。

このご両親のようにはできないかも知れませんが・・・。

新たな町名スタイル!?

北海道に「雄武町」という町があります。

総人口:4,436人(2020年5月31日現在)
基幹産業:漁業・酪農・畜産・林業 
雄武町沿岸では、サケ・ホタテ・カニが獲れる素敵な町です。

この「雄武町」という町名にまつわる?話を思い出しました。

10年程前になりますが、ある物流大手企業に新入社員が入社しました。

研修を終えた20歳の女性社員が、配送を手配する業務課の事務員として配属されました。

ある日、御客から一本の電話が入り新人女性が応対にあたった時の事です。

(御客)
「オウムチョウまで荷物を運んで欲しいんだけど、いつ納品できる?」

と問い合わせてきた
女性は「オウムチョウ」という町名を聞いた事がなく知らなかったので、漢字でどう書くのかを御客に聞いてみた。

(御客)
「英雄の雄に 武士の武と書いて、雄武(オウム)と読むんだよ」

と優しく教えてくれたらしい。

女性は

「只今、担当者が席を外しておりますので戻り次第ご連絡をさせて頂きます」

と説明をして電話を切った。

と100点の応対です。

とここまでは良かったのですが、この後事件?が起きました(事件ではないのですが(笑))

女性はこの後、御客から聞いた事をメモに書いて担当者の机に置きました。

このメモには

ん?何と読む?

こう書かれてあったのです。

おわかり頂けますでしょうか?

このメモを見た担当者は何の事だかわからず、女性に確認すると

英雄→au

だったんですね~。

「雄武町」を知らなかった女性は何の疑問も抱かずに、こう理解したんですね。

auのuに武士の武だと。

この話しを聞いて私は大爆笑でしたが

話しの流れから言って間違いではないんですよね~(笑)

時代なんですかね~

その時の担当者は、優しく訂正して教えてあげたようです。

昭和から平成、そして令和と時代は変化しています。

様々な事が変化している今、一般常識も変化しつつあるような気がします。

こんなの「当たり前」「常識」と思わずに、角度を変えながら考えていく必要があります。

女性のメモ

ただの笑い話にしか聞こえないかも知れませんけれど、この時にどう指導していくかによってこの女性の将来、企業の将来が変わるかも?知れません。

ただ、今はネットで直ぐに検索できますから確認をするという事も大事なんですけどね。

それも含めて教えてあげる事が必要なんですね。

でもこの話しを聞いた時は笑いと共に

お~こういう発想もあるんだと正直考えさせられましたね・・・。

<続>この決断!正しかったのか!?

高校1年生の春季大会からレギュラ-として試合に出場させてもらった息子は、夏季大会も1番センタ-でスタメンで出場する事ができた。

大会成績は2回戦敗退、まあ仕方がない。

2年生になり一時センタ-からサ-ドへコンバ-トされ、サードというホットコ-ナ-の重圧からなのか円形脱毛症になりながらも毎日野球をやっていた。

3年生になり最後の大会の前日のことだった。

「父さん、太ももの肉離れやったみたいだ」

続けて

「監督に話した方が良いだろうか?監督に言ったらベンチかな~
ちょっとテーピングして動いてみるわ」

と言って外に体を動かしに行った。

帰ってきた息子は

「動ける!やれる!大丈夫だ!」

とまるで自分に言い聞かせるように私に言ってきた。

息子は、私には自分の状況を言いたかったのだろう。

私の内心は、「無理して状態が悪くならなければ良いが、という気持ちと最後の大会だから出させてやりたいし、親としても観たいよな」

というのが本音だった。

ただ一番心配だったのは、息子が原因でチ-ムに迷惑がかからなければ良いがと思っていた。

「体の状態は本人しかわからない。駄目だと思ったら直ぐに監督に言え!まあ明らかに駄目だったら監督は直ぐにわかるだろうけどな」

「俺は観客席から観てるからな!」

と息子に話しをた。

翌日の試合、テーピングをして痛み止めを飲んで臨みました。

1番センタ-で出場です。

息子は4打数3安打と絶好調だった。

最初に出塁した時、盗塁のサインが出た。

結果はクロスプレイで「アウト」

試合は、得点までは記憶にないが勝利した。

翌日の第二試合は、強豪チ-ムとの対戦になり息子は1安打したものの
無得点で敗退した。

試合が終了してベンチ前に選手達が整列した。

私達がいる観客席に向かって

「応援ありがとうございました!!」

この声を聞いたと同時に、目頭が熱くなりながら拍手を送った。

因みに妻は、ぐしゃぐしゃの顔で「頑張った!頑張った!」と言い続けて拍手を送っていました。

この妻の顔を見た時は、熱くなった目がしらから涙がこぼれないように我慢をしていたのですが、こぼれちゃいましたね~。

この時送った拍手は、息子にだけではなく純粋にチ-ム全体への拍手と監督、部長への感謝の気持ちでした。

こうして息子の高校野球が終わりました。

同時に私達親も、又一つ親として子供にしてあげる事が減ったような寂しさがあったような気がします。

後で息子に聞いたのですが、

「盗塁のサインでると思ったんだよね~、あのアウトは足のせいではなくスタ-トのタイミングが遅かった・・・」

と言ってました。

私はこの時点でも、肉離れで試合に出た事が正しかったのか?と思っていた。

ただ息子の精神的な成長を感じることができましたかね。

反省は、野球ばかりやっていて勉強が疎かになり過ぎた事ですね(笑)

その数か月後、保護者参加の三年生を送る会のようなものが開催された時に
監督と私が最後の大会の話しをしていました。

息子が肉離れをしていてテーピングをして強行出場した事を話すと

「いや~わかりませんでした。あ~だから盗塁でアウトになったんだ~あいつがアウトになる訳ありませんからね(笑)」

「いや、父さんがそう言って息子が判断して出たんだからそれで良かったんです」

と言ってくれた。

監督は間違いなく気を使ってくれたのですが、その言葉で少し肩の荷が下りました。

進学の決断が正しかったかどうかは判りませんが、三年間の高校生活で息子が得たものはあったのではないかと思っています。
監督から学べるところも多くありましたしね。

私達 親も・・・

この決断!正しかったのか!?

10数年前の話しです。

小学二年生の時に自ら坊主頭を選択した息子は、中学・高校と野球を続けていきました。

中学三年生の時に、野球部の顧問から

「野球の強豪校への推薦が可能ですが考えませんか?」
※あくまでも推薦でその後の事は完全保障されていた訳ではありません。

と具体的に高校名を言われた。

強豪校だけあって部員数は100名以上

入部したとしても1軍~3軍まであり、三年生になってベンチ入りするのがやっとというのが現実かな?と私は思っていました。

息子と話しをすると

「興味がないわけではないが、部員数が多くてレギュラ-になれるかどうかわからない所に行くよりも近くの公立高校へ行って1年生からレギュラ-狙うわ!」

という返事が返ってきた

考えは私と一緒だったので近くの公立高校への進学を決めた。
私は実の所、迷っていたのですけどね。

部員数25名程のそんなに強くない野球部に入部した息子は、春の大会からレギュラ-で出場した。それも第一試合直前に監督から「スタメンで行くぞ!」と言われ試合に出たらしいのです。

そんなものですから私達夫婦は試合観戦にも行っておらず、帰ってきた息子から「試合に出たわ~」と言われ始めて試合に出た事を知りました。

成績は四打数三安打で勝利に貢献。

翌日の新聞に「一年生活躍!」みたいな感じで新聞に載りました。

地方紙の片隅に小さ~く載っていたのを、胸が熱くなるのを感じながら何度も読み返した事を思い出しました。

妻は涙を流しながら、何を言っているのか解らない状態で私に話しかけてましたね~(笑)

第二試合は休暇を取り球場へ行きましたが、コ-ルド負けを喫しました。

試合に負けた事は残念でしたが、息子がグラウンドに立っている姿を見る事ができて満足でしたね。

しかし、私はこの時反省しました。

野球部に入った息子は一年生から春の大会で選手として出る訳がないと思い、試合を観に行くなんて事は全く考えていませんでした。休暇を取る事に気が引けていたのもあるんですけどね。

この考えが駄目だった。

「レギュラ-」だろうが「ベンチ」だろうが関係なく、息子と話し合いをして進学を決めた時から親である私は試合を観に行き応援をするべきなんだ。

息子を勿論応援するが、進学した高校を応援する事が私の役目だと。

この事があってからは、スケジュ-ルの許す限りですが練習試合を含めて試合を観に行きました。

これがお前の親だ!!と見せてやらなくっちゃと思って(笑)

なんて大したものではないですが・・・(笑)

続く・・・

仰天発言

ネット記事を見ていると

ス-パ-の総菜コ-ナ-でポテトサラダを買おうとしていた子供連れの女性に対して高齢の男性が

以下(太文字)引用文章です

「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」

と言い放った。

「前時代的な男女差別」「そもそも見ず知らずの人に失礼だろう」と批判が集まっている。

この記事を見て呆れるばかり。

「男女差別」駄目に決まっている。

「ポテトサラダくらい作ったらどうだ」の発言。

これは「こんな簡単なものくらい作ったら?」という意味だろうか?

何言ってるんですかね。

この人ポテトサラダ作った事あるんですかね。

ポテトサラダを作るには

①じゃがいもを茹でる
※確か、中火で皮つきで茹でる(皮付きの方が旨味が流れない)
②じゃがいもを潰す
※熱いうちに皮をむいて木べらで潰す その後冷ます(粗熱をとるって言うんですかね)
③人参・きゅうり・ハム等を入れて調理
④マヨネ-ズを混ぜる(いや和えるの方が格好良い表現?)
⑤塩・コショウで味を調える
って感じだと思います(違っていたらすいません)
※一応作った事があります(笑)

別に手順を説明したい訳ではありません。

こんな感じで、時間と手間がかかるんです。

この女性だって手作り料理を子供に食べさせてあげたいんです。でもできない時もあるんです。

子育て中のお母さんは忙しいんです、時間が足りないんです。

子育て・家事等で毎日重労働をしているんです。

昔 牛若丸三郎太(時任三郎)が歌った「24時間働けますか」という歌がヒットしました。

♬ビジネスマ~ン ビジネスマ~ン ジャパニ-ズビジネスマ~ン♬

この歌はもしかしたら、子育て中のお母さんの歌だったのもかもしれません。

まだ0歳児の赤ちゃんの時は、夜泣きして寝られないなんて事もあったのではないでしょうか?

24時間働いていたお母さん!いらっしゃいましたよね。
お疲れ様です。

こんなお母さんの為に、ス-パ-には総菜コ-ナ-があるんです。(きっと(笑))

忙しいお母さんの為に「息抜きして下さい」ってね。

見ず知らずの高齢男性に言われたお母さん、気にする事はない!!
見ず知らずの人からこんな事を言われる筋合いは無い!!

お母さんは毎日頑張っている!!

人の痛みも解らない、そんな心無い人の言葉なんて気にせず頑張って下さい!!

我が家は日曜日等の休みの時には、ス-パ-の総菜で済ませる事ありますよ。

作るのも手間ですが、洗い物って面倒ですよね。

休みの時くらいゆっくりしたいですよね。

あっ!私が色々やれば良いんですよね~(笑)

身体の休憩・心のリフレッシュは必要です。

最近「厳しい意見」と耳にする事があります。

確かに正論の厳しい意見もありますが

「厳しい意見」を勘違いしている人がいるのではないでしょうか?

この高齢男性の言葉は、「心無い言葉」になりますよね。

「心無い言葉」は「言葉の暴力」になる事があります。
いや、「言葉の暴力」ですね。

「言葉の暴力」も傷害罪が成立する可能性があります。

相手の気持ちになってもう少し思いやりをもって欲しいものです。

他人事ではなく私も気をつけます。

仕事・プライべ-トと・・・

人の振り見て我が振り直せ

「俺に言わせれば・・・」という人いますよね。

例えば

「俺に言わせれば会社のやり方が良くないんだよ!」

なんていう人。

いるんです(正確に言うといたんです)私の周りにも。

こういう人って、「じゃあ具体的にどうしたら良いの?」と問うと

何も言えないか、自分に都合が良い事しか言わないんです。

もう一つ言うと

こういう人に限って陰では威勢よく物申すのですが、肝心なところでは
・借りてきた猫のようになる
・誰にも気づかれないようにその場から姿を消す
・一番たちが悪いのは「俺は会社のやり方に不満なんてありませ~ん」って言って良い子になってしまうんです、その時だけ。

つい先日も、「俺に言わせれば・・・」と威勢良く何人かの前で話しをしている社員がいたので

「それは誰かに愚痴を聞いて欲しいのかな?意見なのかな?意見であれば直接言うか、若しくは私から社員の意見としてあげるよ」

と言ったのです。

すると、そんな事を依頼してくる事もなく黙ってしまいました。

その社員(私よりも年上の嘱託社員)に

「相談があれば聞きますが、陰で大口を叩くような事はしない方が良いですよ、自分の価値を下げるだけです」

と話したんです。

そう言いながら私は、自分もこんな行動をしている事がないだろうかとちょっと考えました。

仕事をしていれば誰でも愚痴の一つや二つ、(いや私はそんなものじゃ足りませんが(笑))はあります、当たり前です。(改善意見はしてますけどね(笑))

そういった事を偉そうに同僚に話しをして、本人はストレスの解消になるのかもしれませんし、賛同する人がいるのかもしれません。しかし、何度もそういった行動をとっていると

「直接意見も言えないくせに」なんて事になりますから注意です。

これが自らの価値を下げる行動になるのです。

私も注意しなくてはならないと実感しました。

今回は「人の振り見て我が振り直せ」ですかね・・・

操作は正確に できれば優しく

「運転操作の誤り」で事故。

こんなニュ-スを耳にする事があります。

ある会社の60歳を過ぎた総務部長が

「なあ、ニュ-スで運転操作の誤りで事故を起こしたって言っているけれど、どういう事だ?」

「自分は右に曲がろうと思ってウインカ-をだしたが、左にハンドルを切ったということか?」

という笑い話になるような事を真剣に聞いてきたので
(そういう事もあるのかも・・・)

「ブレ-キ」を踏もうとしたら「アクセル」を間違えて踏んでしまったというような事ですよと教えてあげた。

もし「右にウインカ-をだして、左にハンドルを切る」なんて事をしていたとしたら、余程「ぼーっと」しているか、もしくは別な心配をしなくてはならないかもしれませんね。

現代の車は

・MT(マニュアル)車→AT(オ-トマ)車になり運転操作が楽になった
・バックアイカメラ搭載車が増えバック駐車等の確認がしやすくなった
・誤発信抑制機能という事故防止機能搭載車が発売されてきている

等々で車が進化してきています。
安全な走行ができる補助機能を搭載して。

しかしこの機能は、あくまでも安全な運転をする為の補助機能です。

「アクセル」と「ブレ-キ」を踏み間違う。

何故?

それは焦るからです。

一瞬でパニックになるからです。

安全な運転をするには常に冷静な判断が必要になってきます。

焦らず、心に余裕を持って運転をして下さい。

正確な操作・冷静な判断ができなくなってきたら運転するこ事を控えましょう。

夫婦喧嘩をした(んっ?私の事かも(笑))等で「イライラ」している等の運転は危険ですよ、冷静な判断ができなくなる事が多いですからね。


「うちの旦那さん車で通勤してます」という奥様にお願いです。
出勤前に喧嘩するのだけは避けましょう!!
冷静な運転ができなくなり、事故発生の可能性があります。
と言ってる我が家もたま~にあります(笑)

いくら機能性が良くなっても、車を運転する人が「無理な運転」「確認を怠る」「焦る」「イライラ」なんて運転をしていると事故が発生します。
運転者が安全運転を心がける事。これが一番重要です。

「右にウインカ-をだして左に曲がる」なんて事はないようにしましょう・・・

奥様方、旦那さんの操作は冷静に優しくなさって下さい。

ちょっと優しくしてあげれば、なんでも服従しますよ!

旦那さんが「右に曲がりたい」と言っても、奥様が「私は左に行きたい」と言ったら左に曲がりますよ!きっと。

あっ!これは私のひとり言でした(笑)

失礼いたしました・・・